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金城大学プログラム

第1回講演会「健やかに生きよう 環境と福祉の時代」

 北國健康生きがい支援事業の金城大学プログラム第1回講演会「健やかに生きよう環境と福祉の時代」が10月17日、金沢市の北國新聞会館で開かれました。講師を務めた環境省顧問(前環境事務次官)の炭谷茂氏(高岡市出身)は、これからの社会は、環境と福祉に取り組む姿勢のどちらが欠けてもいけないと強調し、具体例を挙げながら豊かな暮らしを実現する

【主催】 金城大学、北國新聞社
【後援】 石川県医師会、金沢市医師会、石川県歯科医師会、石川県看護協会、石川県薬剤師会、石川県栄養士会
【協賛】 富士通、あおぞら薬局、アルプ、石川県予防医学協会、北國銀行、北陸銀行、のと共栄信用金庫、J A全農いしかわ、北國がん研究振興財団

豊かな自然は心の薬

 自然を知らない子ども 

【講師】炭谷 茂(すみたに・しげる)
高岡市出身。東大法学部卒後、厚生省(当時)入省。二〇〇三年七月からことし九月まで環境事務次官を務め、現在は、環境省顧問に突いている。60歳
 環境事務次官になりたてのころ、私は記者会見でこんなことを言いました。「子どもの心がゆがみ始めている理由の一つに、自然とのふれあいが少なくなったことがあるのではないか」。この発言が新聞で取り上げられたのを機に、環境省は予算を工面して、ひきこもりの子どもたちに自然体験をしてもらう事業を始めました。
 多摩川の堤防沿いを歩いたり、北海道の原野に行ったり、そんな事業に約五十人の子どもが参加してくれました。頻繁にやったわけではなく、一カ月に一度か二度です。それでも、ほとんどの子どもは不登校、ひきこもりをやめて学校に行き、社会で活動を始めました。目覚ましい成果が出たのです。
 実は、記者会見での発言には、根拠がありました。一九九八(平成十)年に、一万一千人の小学五、六年生と中学一年生を対象に、どういう自然体験をしているかを聞く調査がありました。川や海で泳いだことがない子どもが一割いました。四分の一の子は、野鳥の声をゆっくりと聞いたことがない、夜空の星を見たことがないというのです。さらにびっくりしたのは、日の出や日の入りを見たことがない子どもが三分の一もいたことです。今の子どもは昔と比べて、自然とのふれあいが少なくなったのだと実感させられる調査結果でした。
 驚いたのは、そればかりではありません。自然とのふれあいと、社会に対する奉仕の精神の相関関係も調べたところ、自然とのふれあいが多い子どもは正義感や奉仕の精神が強く、自然とのふれあいが少ない子どもは、他人に対して冷たく、暴力を働きやすいという傾向が見事に表われたのです。
 加えて、親が自然とのふれあいが多いと、子どもの正義感が強くなる。他人に対して優しくなれるという相関関係も出ました。この調査結果を、私は知っていたのです。
炭谷氏が環境と福祉の両立を訴えた講演会
 しかし、環境省の事業に対して、児童福祉の専門家からクレームがつきました。子どものひきこもり対策は、文部科学省か厚生労働省がやるべきであって、環境省がやるのはおかしいというわけです。私は納得できませんでした。環境省が不登校やひきこもり対策をやっても、おかしくないと、考えたのです。
 環境事務次官をやっていて、最後に頭を悩ませたのは水俣病でした。水俣病が発生したのは水俣市全域ではなく、しい地域ばかりでした。終戦直後、コメの代わりに魚を食べざるを得なかったから、貧しいがゆえに水俣病になった。つまり、環境と福祉は大変、関係が深いのです。
 まず、環境は福祉にどう影響するのか。自然体験の少なさが、子どもの心をゆがめているというのが代表的ですが、もっといろいろな例があります。
 岡山市にある社会福祉施設では、障害者の方々が牛やニワトリを飼い、野菜をつくっています。生ゴミをたい肥にする、有機農法も試しています。環境問題への取り組みが、福祉施設で生かされています。
 また、富山県の宇奈月町に、特別養護老人ホームがあります。石川県の人にとっては白山が崇拝の的かと思いますが、富山の人は立山連峰にあこがれを抱いている。この特別養護老人ホームは、立山連峰がきれいに見えるように設計されていて、利用者の心に安らぎを与える効果を出しています。
 同じようなことが、医療施設にも言えるのではないでしょうか。どうも、今の医療というのは、病院周辺の環境が患者さんを治してくれるという面を忘れているような気がします。

 園芸療法で血圧が安定 

心身の健康に役立つという園芸療法
 私は一九八一(昭和五十六)年から一九八四(同五十九)年まで、英国で勤務しました。その時、たまたま私の家の隣に住んでいたのが、ジョシュア・ビエラという精神医学者でした。彼は英国で、世界初のベッドのない精神病院を作りました。それまでは精神病の患者さんたちは部屋の中に閉じ込められ、できるだけ外と触れさせないように扱われてきましたが、ビエラは自然環境の中で患者を治療しようと考え、かなりの効果を出したということです。
 十九世紀の医学では、精神病は温かいパンと豊かな自然環境で治していたそうです。今の医療にも、その思想は当てはまるのではないでしょうか。
 一般の地域社会でも、園芸療法というものがあります。高齢者や障害者に、園芸をやってもらうのです。園芸を生きがいにしてもらおうという試みです。金大の安川緑助教授は、北海道の旭川で一週間に一時間だけ、三カ月にわたって高齢者に園芸療法を施しました。すると、血圧が非常に安定し、精神的にも積極的になったということでした。
 私も二〇〇二(平成十四)年から、大阪のホームレスが集まった地域で、公園の管理をホームレスの方々にやってもらう事業を始めました。単に公園を整理するだけではなく、園芸福祉のようなことができないか、考えています。
 ユニバーサルデザインというものがあります。障害者や高齢者が利用しやすいデザインのことです。有害物質の排出量が少ないとか、リサイクル材を使っている、エコデザインというものもあります。私は、どちらかだけではいけないと思うのです。ユニバーサルとエコが合体した製品でなくてはいけません。
 そんな都合のいい商品があるのかと思って、探してみるといろいろあります。車いす利用者が洗濯物を取り出しやすいようにと、ドラムを斜めにした洗濯機は、三分の一程度、水を節約できました。障害者のための一人乗りの自動車を開発すると、小さいがために燃費がよくなりました。

 環境産業は躍進する 

 これから、環境産業はどんどん伸びていくでしょう。環境省の推計によると、環境関連の仕事に携わっている人は二〇〇〇年の百六万人に対し、二〇二五年には二百二十五万人に、生産額は四十一兆円から百三兆円になります。こんな産業を支える労働力として、私は高齢者と障害者と、ひきこもりの皆さんに期待しています。
 環境と福祉が一体となったまちづくりに、ブラジルのクリチバ市が成功しています。ブラジルに移民した日本人が始めた、「緑の交換事業」です。スラム街に住んでいる人たちが持ってきた分別ゴミと、その五分の一の重さの野菜を交換するわけです。街の環境はよくなるし、生活も向上する。環境と福祉が一挙両得で成り立った好例です。
 環境と福祉の融合を推進するために、私は三つのことを推奨しています。一つは、二年前につくった環境福祉学会で、企業と社会福祉施設が一緒になって行動することです。第二は、環境福祉コーディネーターを育てることです。第三は、環境福祉に取り組む企業が増えることです。

 人間を大切にする 

 最後のキーワードは、「LOHAS(ロハス)」です。「ロハス」とは、人間らしく、自然豊かな美しい環境の中で生活しようという考え方です。二十世紀は、環境を犠牲にしないと福祉国家は成り立たないと言われましたが、二十一世紀は、それでは許されません。福祉に熱心でない国は、環境にも力が入りません。典型的なのが、京都議定書を否定した国です。福祉も環境も、根底にあるのは人間を大切にするという考え方なのです。



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